“契約”なんて呼べる程の強固なものではなく、只の口約束。
だから守らなかったのはきっと正しい事だったのだろう。
しかし、その守れなかった約束でさえ互いの願いは叶えられ、彼等は今に至る。

“一緒に居ろ”

彼女の瞳に込められたその意味が分かったからこそあの結果になったと言うのなら。
きっと何度繰り返してもあの結果になるのだろう。

………だってそれは幸でも不幸でもなかったのだから。





第一章










彼が“今の希望を見いだした”と言うより“過去の記憶に絶望した”という事に気づいたのは果たしていつのことだったか。
最早周りから忘れ去られた過去をいつまでも自分にまとわりつけて生きること、それを後悔して生き続けることが間違いだとあの時の俺には分かっていた。
分かっていたからこそ、今全てをなかったことにして現在を生きている。
多分それが戦友であり親友であった彼女が一番望みそうなことだったから。

もっと早く自分にそれが出来ていたのなら。
きっと友はあんな風に去りはしなかっただろう。
自分の中に鮮明に残るあの顔を表情を態度を振る舞いを消すのには全てが惜しすぎて。
そこから生まれた何かを手放す勇気はあの時の俺には無くて。
いつかきっとくる未来だと分かっていても止められなかった。

起きてしまった出来事は自分の中に悲しみを残し、それを罪の結果だと云う自分が今の俺でも。
それが俺の善なのだからその事実を忘れてはいけないと想った。

過程がどうであれ、思い返した過去の記憶が良いものであったと胸を張れたなら。
俺達はこんなにも過去を頭に焼き付ける事はなかったんだろう…。







数年前。


未だ世界が神の加護により守られ、精霊が世界中で飛び交っていた、そんな時代。

神獣の加護によって他国からの侵略を免れていた大きな島国があった。
名をレザリア公国。
人口こそ少ないが、豊かで広大な土地と空を有する巨大な国だ。
その地に住む者達は古の神により与えられた加護によって異形の獣を従える術を持つという。



「絶対に嫌です。」

「…あのなぁ…。」

そんな国の首都、ロリアのとある学校でかれこれ二十分以上言い合う生徒と教師がいた。
この駄々をこねている金髪に青眼の少女。
名をシエラという。
この国に唯一ある学校の生徒だ。

「…だから何回も言いますけど、どっかの国から来るのほほんとしたボケボケ姫様のお守りなんてしたくないです。」

「お前ねぇ…」

僅かに窓から差す光が紅く染まりだした教室の中。
教師はため息をつきながら後頭部を掻いた。
一体どう説得すればこの少女は首を縦に振るのか。
何度も考え、言葉の限りを尽くしてはみるが、ものの見事に跳ね返されてしまっていた。

(…まぁそれもこれも、この子の言い分も間違っちゃぁいないと思っちゃう俺が悪いんだろうけどな…。)

実際、シエラが言い分は最もだ。
まだ十歳にも満たない子供の我が儘に“歳が近くて成績も良いから”という理由で突き合わせられるのだ。
それに加え、その相手が“王国のお姫様だから断れない”なんていう馬鹿げた大人の事情の為、彼は彼女に何を言われても仕方がないと思っていたのだった。

しかし。

「あのな、何回も言うがこれはもう決定してる事なんだよ。分かるな?俺は別にお前の意見を聞きに来たわけじゃない。ただ連絡事項を伝えに来ただけだ。」

世の中は人一人の、ましてや子供の意志が簡単に通る程甘くはない。
…大人とは実に卑怯である。
いくら相手の言い分が正しいものであっても、その相手が子供だと分かると少々強引にでも自分の意見を通してしまう。

シエラは教師の言葉を聞くと、不満そうな顔をして“理不尽です”と、小さく呟くとそのまま俯いてしまった。

教師は苦笑をして“こういう所はやっぱり子供なんだなぁ…”と思いながらシエラの頭にポンッと手を置いた。
シエラは不満そうな顔を悔しそうに歪めながら、自らの内で目頭を厚くさせるものと内で戦っていた。
教師はシエラのそんな様子を見て笑みを深め、金の髪をクシャクシャと撫でた。

「残念ながら、世の中には理不尽な事がたくさんあるんだよ」

そう言いながら。







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