シエラは罪の意識に苛まれていた。
クレアの立てた物音に反応して、飛びかかってきた島の守護者たる生物が、シエラにはその時だけ“ケダモノ”に思えた。
……果たして“ケダモノ”はどちらだっただろう?
いきなり土足で自分たちの家に上がり込み、喚き立てた私たちを恐れて、警戒し、攻撃してきたのは当然のことだったのではないだろうか?それなのに、私は刃を突き立てた。挙げ句の果てに、それを……殺した。

担任や大人たちがやって来るまで、シエラはそんな風に考えていた。
全てがスローモーションに見えたあの時。シエラは確かに敬意を払うべき相手を刺し殺した……。
これから、どうなるのだろう?
確か、そこに住む生物の領域を犯して攻撃を仕掛けられた場合、それに対抗して相手を殺してしまうのは、法律違反ではなかったか。
来るべき未来の想像をして、シエラは震えていた。しばらくそうして俯いていたら、突然頭に衝撃が来て……、衝撃の来た方を見上げると見慣れた大人の顔が安心させるようにそこにあった。
頭の上に手を置かれて、子供のようにあやされているのだと分かっていても、今度ばかりは込み上げてくるものを押さえられなかった。

「ううぅ……」

かっこわるい、と内心で思いながら、シエラは意地でも大声で泣きわめくことはしなかった。泣いていることさえ彼女にとっては耐え難い屈辱であり、それと同時に、普段人にうまく甘えられない為、その感情をどう処理していいのか知らなかったのだ。
とりあえずの安心と、この先の不安がない交ぜになって、自分でもよく分からなくなってしまい、収集がつかなくなってしまった。くしゃくしゃの激情は、彼女が泣くのには充分過ぎるくらいの理由だった。







しばらくして。
森に何人か、役人のような服装の人達がやって来て、シエラや担任の先生に事情聴取をしていた。先程までしばらく泣いていたシエラも、役人達が来る頃までにはもう泣き止んでいた。
話が進んでゆく中、役人達はシエラ達と話をする人と、死んだ狼の魂を癒すための儀式を準備する人とで別れて、事態は実に事務的に処理された。神の使いである狼の周りに簡単に祭壇を作って、祈祷をし、その様子をシエラも横で見せられていたが、供え物や唱えられている呪文などはシエラには全く理解できなかった。
そして、一通りやらなければならないことを終わらせると、シエラと担任は首都のとある建物に連れて行かれた。シンプルなのにどこか豪華さを感じる建物は、気品を漂わせていた。たぶん何か国の重要な建物なんだろうな、とシエラは思った。役所とかかな……と続けて思ったが、もしかしたら罪人を裁くための場所かも知れないと思い当たり、シエラは気が重くなっていた。
建物内に入り、広いロビーを歩いて行くと、目の前に沢山のソファーや机がある所に連れてこられ、そこに義母がいた。シエラが驚いた顔をしていると、義母がこちらに気づいて、駆け寄ってきた。目の前に来た瞬間に抱きしめられて、一瞬驚いたが、シエラはまた泣きそうになり、必死で涙を堪えた。
わずかに滲む視界の端で、役人たちが担任の先生を連れて、別の部屋へ入って行くのを見、それから義母のを見る。シエラの目の高さまでしゃがみ込んだような状態で抱きつかれているため、その顔は伺い知れない。

「無事でよかった……」

耳元で聞こえた義母の声に、シエラはとうとう溢れる感情を止めることができなかった。
後頭部に手を当て、宥めるように擦られる。そのしぐさは、実の子にそうするのと何ら変わらなかった。







そして。
シエラは担任の先生と入れ違いに部屋へ呼ばれ、先ほど一緒に建物に来た人たちの一人に連れられて部屋に入った。
部屋の中には数人の大人たちと、幅の広い机が一つ。ドアに背を向けるようにして立つシエラの向かい側に、机を挟んで少しだけ他の人より偉そうな、40代くらいの男の人が座っていた。
部屋の真ん中に立たされて、男と見合う形になり、気まづさに俯くと、頭上から小さく笑う声が聞こえて、顔をしかめた。ゴホンッと男が咳払いをして辺りの空気を変えたところで、シエラは今度こそ真正面から男と向き合った。

「さて、シエラ。君は自分のしたことの重大さを分かっているかね」

「はい」

問う声は厳しくはなかった。寧ろ優しささえ感じるような、労るような声だった。もちろんシエラは、そんなことに気づきもしなかったが。

「よろしい。国の守り神である竜の眷属にあたる神、いわゆる神獣を殺める行為は重罪である。だが、君はまだ子供だ。また、同時に自分の責務を全うしようとした結果、このような事態になってしまったとも言える」

男の人はそこまでゆっくり言い終えると、一呼吸間を置いた。先ほどまで俯いていたシエラは、顔を上げて男の人を見た。

数秒が数十分に感じられた。
シエラは、静かに自分に課せられた罪の贖罪を告げられた。





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