それからは、とにかく時間が早く過ぎていった。
シエラがだいぶ返事を渋っていたせいで、ただでさえ覚える事が多いのに刻々とリミットは迫ってきて、落ち着きのない日々を過ごすはめになった。
ほぼ毎日学校に居残りさせられるようになり、開始当初は苛立ちから担任と顔を合わせる度に舌打ちをするという嫌がらせを決行したが、しばらくすると、最早そんな事をする元気さえなくなっていた。


さて、そんな風に早々と時は流れて、とうとう彼の国の姫が来日する日。
お出迎えの列に参列する事を余裕でパスしようとしたシエラは、担任に拳骨を貰いだいぶ不機嫌だった。
張り切った義母から着せられた窮屈な服に息苦しさを感じながら待つこと数分、奴を乗せた大きな鳥とその周りを守る様にして囲う竜の集団がこちらへと向かって来た。
鳥が降り立ったのと同時に周りの大人たちに合わせ、頭を下げる。

鳥から地上に降り立った数人の足音が聞こえ、その足音が次々と目の前を通り過ぎていく。
すると、一つの足音がシエラの目の前で止まった。シエラが不思議に思いながらも敬礼を続けていると、頭の上から幼い少女の声が降ってきた。

「あなたがシエラさん?」

少し驚いたシエラが無言で動けずにいると、横にいる担任が姫に気付かれない様にシエラを小突き、ハッとしてシエラは顔を上げた。
にこやかに笑う自分より少し小さな姫をまじまじと見つめた。

「はじめまして。クレアといいます。」

変わらず笑顔のままで片手を差し伸べてくる、自分より一回り小さな姫の手を笑顔も浮かべずに握り返した。
小さな姫は心底嬉しそうに握手をした後、お付きの人らしき大人と会話をしながら促された方へと進んで行った。
姫が通り過ぎた後、横で担任が何かやいやいと言っていたが意に介さず、代わりに先ほど小さな手に握られた自分の手のひらを意味もなく、ただ見つめていた。







後日、担任に“くれぐれも昨日のような失礼がないように!”と釘を刺された後、優雅に朝食を済ませた姫とご対面する為に、担任に指定されたホテルの噴水の前で姫を待っていた。
待っている間、頭の中で案内する場所とその地の説明を復習する。

(えーと……屋敷の中を案内してから庭園とかに連れてって……、それから……)

「シエラさん」

「……っ!」

自分の頭の中に思考を置き過ぎて、ついさきほどから近くに来ていたクレア姫に全く気づかなかったシエラは少しだけ身を固くしたが、すぐに思い直して振り返った。
見ると、いつの間にか背後にいたクレア姫はシエラの妙な態度に不思議そうな顔をしていた。
その様子にシエラはどう言葉を続けるべきか迷った。

(え、えーと……)

「あ、改めて初めまして。一週間案内役をさせて頂きますシエラと言います。よろしくお願いします」

妙な間を誤魔化すように、にこやかに言いながら丁寧に頭を下げてお辞儀をした。
“苦しいかな”とシエラは思ったが、幸いクレア姫は多少天然なところがあるため、気にも止めなかった。

「ええ、よろしくお願いします」

貴族令嬢のように簡素なドレスの裾を軽く持ち上げて可愛らしくお辞儀をしたその様は確かに育ちの良さを醸し出していて、シエラは目を見張った。
そして心の中で密かにこの姫のことを少しだけ見直したのだった。







「こちらが庭園になります」

あれからシエラはクレアを宿泊予定の館の中を案内し、その後宿泊先の泊まる部屋の窓から見える大きな庭園に連れ出した。一応予定通りに進める為にわざとこちらから誘い、“凄く綺麗なんですよ”といかにも昔から知っている風に言って、クレアを庭に連れ出したのである。
……本当のところはシエラもこれを機に二、三度訪れた事があるくらいだったが。
庭師達が大切に管理している草花を眺めながら、クレア姫は“本当に綺麗ね。連れてきてくれてありがとう”と言った。
シエラが軽く頭を下げてそれに答えると、にっこりと微笑んで視線をまた庭園へと戻した。
するとクレアは、不意に何かを思い付いたようにシエラを見上げ、端正込めて育てられた色とりどりの薔薇を見ながら、嬉々とした様子でとんでもない事を言い出した。

「ねえ、あの花で花冠作らない?」

「……………………」

たっぷりと沈黙という間を持つことで、シエラは思わず口から出そうになったツッコミをなんとか飲み込んだ。
動揺を押し殺しながら、しかし漏れ出てしまっている困惑の表情で、シエラは思い付いた感想の中で一番当たり障りの無さそうなことを、控えめに言った。

「いや……あの……、多分薔薇で花冠などを作りますと手を怪我してしまいますかと…思われます」

戸惑った声で咄嗟に出たとはいえ、言いたいことを正確に言えた自分にシエラは少し自分に驚いたが、クレア姫はそんなちょっとした感慨にも浸らせてはくれなかった。

「大丈夫よー。少しくらい怪我なんかしたって、たいしたことないわ」

屈託の無い笑顔で、シエラの意見は即却下されてしまった。

(少しでも怪我なんかされたら困る……!!)

シエラの心の声はクレアには全く届かず、今にも花摘みを始めてしまいそうな雰囲気を醸し出していた。
だが、ここで引き下がってしまっては大変なことになるということを、頭の良いシエラはよく理解していた。
だから今一度、幼いなりの知恵を振り絞って打開策はないかと考えを巡らせていたのだが、そのうち、あまり得策とは思えないような提案をしていた。

「ですが、やはりお怪我をされるのは……よろしくないと思いますので……。花冠は後日、また別の場所でお作りしませんか?」








NEXT


TOP





copyright© [想夢] all rights reserved

inserted by FC2 system inserted by FC2 system