「……つまりあれか、お前は俺の首を飛ばしたいんだな?」

いろいろとつっこみたいところがありつつも、事の成り行きを今まで黙って聞いていたシエラの担任は、先ほどから痛みだした頭を抑えながら天を仰いだ。

「違う!さすがにあれは私が悪いんしゃない!!」

担任からの指摘に、当然の如く抗議したシエラは"だいたいあんたの首を本当に飛ばしたいんなら、もっと確実の方法でやるわ!!"と担任にとって実に恐ろしいことを最後に付け加えた。
それに対して“先生って言え、アホ”などと、呑気な会話が出来るほどには落ち着いていたわけだが、実際のところ事態はあまりよろしくなかった。

担任は、シエラから例の"花冠事件"のなりゆきを聞かされていた。
植物研究をしている学者達が苦労して手に入れた種を、庭師達が端正込めて育てた薔薇で花冠を作りたいなどという、よくわからないことを言われて、困り果てたシエラは別の場所で花冠を作る提案をしたのだと言う。
だが、提案にあまり乗り気ではなさそうな顔をしたクレア姫を前に、だんだんシエラは焦りを隠せなくなった。
……そして、失言をした。

「実は綺麗な花がたくさん咲いている場所を知っているんです」

“しまった……!”と思ったときにはもう手遅れで、クレア姫は“どこ?それどこ?”と、口を開く前から瞳を輝かせて、シエラの次の言葉を待っていた。
墓穴を掘ってしまったシエラには、もうどうすることも出来なかった。仕方なく、この時期に綺麗な花々の咲き乱れるという、首都から少し外れた街にある公園の話をした。そして、当然のようにそのまま話の流れで、その公園にお連れすることになってしまったそうだ。
幸いなのは、シエラがなんとか食い下がり、予定を明日に出来たこと。
もし、今日中に連れていくことになっていたとしたら、何の対策もなしにお連れしなければならないからだ。平穏そうに見えて、意外なところに死の危険が潜むこの国では、至るところで警戒をしておくに超したことはない。まず、他国とは動植物の大きさや多様さが違うのだ。いくら国に管理されているとはいえ、危険は必ずしも零ではない。

(……けど、問題はこのことを国のお偉いさん方がどう思うかだな……)

そう、彼が危惧しているのはそこだった。
一介の教師にすぎない彼には、どれだけクレアがおかしなことを言っていようが、シエラが無理な要求をされようが、どうすることも出来ないのだ。自分に出来ることといえば、上に与えられた“報告”という義務を利用して、事実を少しばかり良いように言い換えて、伝えてやることくらい。

「……まぁどっちにしろ、報告しなきゃだなー……」

心底めんどくさそうに小さくそう呟いた。今日はあんまり寝れないかも知れないなぁ、なんて思いながら。
考えを巡らせている間、放置されていたシエラにそろそろ家に帰るよう伝え、少し不満そうな顔をしつつも、無言で帰路に向かう彼女の背中を見送った後、身に余った職務を果たすべく、彼もその場を後にした。







翌朝。
義母の猛攻を振り切って、昨日より幾分か動きやすい服装で、シエラは意気揚々と姫の泊まっている館に向かった。
館に着くと、早朝から何か作業をしていたらしい担任とすぐさま鉢合わせし、少しだけシエラの気分が下がったところで、今日の予定と注意点をざっくり聞かされた。
まず、例の公園のある街へお連れし、そこに立つ市場で買い物などを楽しんだ後、昨日の話の通り、公園の花畑にお連れするとのこと。

「まぁ、市場では護衛の人がピッタリくっ付いててくれるから安心なんだけどな。注意しなきゃならないのはその後の花畑だ。姫のご要望で、花畑でピッタリ護衛をくっ付けとくわけにもいかなくなったからな。しっかり警護頼むぞ、シエラ」

……聞くところによると、どうやらまたしても、クレアの要望で、花畑で護衛がピッタリくっ付くことはできなくなってしまったらしい。

(……それにしても、なんで王族の人たちはあんなにも護衛の人とかが嫌いなんだろうなぁ……)

とは言っても実際にシエラが会った王族というのはクレアが初めてなのだが。
頭の良い子というのは書物を読むのを好む傾向にあることが多い。シエラも例に漏れずその一人で、学校にある図書館で児童向けの小説を借りて読んでいたりするのだった。

(……だっていないと危ないじゃん、護衛)

シエラが一人理解に苦しんでいると、担任に無視するな、と頭をはたかれたので思いっきり睨んでやった。
担任とそんなやりとりをして、しばらく時間を潰していると、朝食の終えたクレア姫が二人の元にやって来た。
クレアのにこやかな笑顔を合図に、本日の観光が始まった。







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