そこそこ賑やかな市場を、先頭にクレアとシエラ、クレアの少し後ろから役人、そしてその後ろに護衛が二人、さらにそのまた後ろを付かず離れずの距離を保ちながら、付いて来るシエラの担任とその他もろもろの方々、という列びで一行は街の中を散策していた。
役人というのは、市場での護衛兼案内人として公王から直接遣わされた、いかにも人の機嫌をとるのが上手そうなヘラヘラとした男で、シエラにはあまり好感の持てる人には見えなかった。
ことあるごとにクレアの横に立って、街の名所や特産物の話をするのだが、クレアがその都度この男の横に並んで歩こうとしないので、男は少し不満そうだった。代わりに、男の話を早急に切り上げてシエラに話かけるので、おかげでシエラは形見の狭い思いをしなければならなかった。
シエラのいたたまれない気持ちとは裏腹に、クレアは楽しそうに街を見てまわり、時おり立ち止まって露店に並ぶ品物を物色して、目を輝かせている。呑気に“これシエラに似合いそう”と言ってネックレスを首にあてられた時は本気で反応に困った。そのあとの“買ってあげようか?”という発言がなければ素直に喜べたのに、とシエラは思っていた。
観光の途中、お昼休憩を取る際などにも、シエラは別の場所でお昼を食べることになっていたのだが、クレアの要望で食卓を共にしなければならなくなったシエラはガッツリ精神力を持っていかれ、後半になると疲れの色がちらつくようになっていた。幸か不幸か、クレア姫だけはそのことに全く気づいていなかったが。







そんな具合に街の観光を終え、一行はいよいよ問題の花畑のある公園に訪れていた。公園自体の面積がそれなりにあるため花畑のある広場まではそれなりに歩かなければならず、シエラはもう足が棒のようになっていたが、何とか大人たちに付いて歩いていた。
ちなみにクレアはというと、歩く距離が長くなってしまうためそれ専用の動物に乗って公園を進んでいた。姫らしく、静かに座るその姿はどこか憂いを帯びているようで、王族らしい優雅さを漂わせていた。ときどき見せるそんなしぐさにはシエラは素直に感心しているのだが、それ以外ところで何度か心臓を握りつぶされそうになったので、プラスとマイナスがゼロでむしろマイナスだった。
多少足元をふらつかせながらも、なんとか花畑に着いたときにはもう日が傾きかけていた。花畑にたどり着いてすぐに、シエラとクレアを残して他の大人たちは離れていき、シエラとクレアの間に微妙な空気が流れた。
とりあえず、二人しておずおずと花畑の中に入り、花畑のちょうど真ん中あたりに座って、各々で周囲の様子を観察したりしていた。沈黙に痺れを切らして、シエラはあまり滞在できる時間がないながらも、クレアが楽しめるようにと笑顔を浮かべてありふれた会話をふってみた。

「……今日は、楽しめました?」

いや、何で今からがメインなのに今日一日が終わったみたいに話してるの、とシエラは疲労で混乱した心の中で、そう自分の発言に突っ込んだ。後から思ったが、別にここでのこの発言は普通だ。

「楽しかった!!」

満面の笑みで屈託なく姫様は仰られた。

「街ってあんなに人とか物が溢れてるものなのね!」

(あー、うん。…………ん?)

あれ、とシエラは思った。違和感を感じはしたものの、何がおかしいのか分からずに一人首を傾げていると、クレアが笑みをこぼして説明してくれた。

「実は私ね、街の中を歩いたことなかったの」

シエラはわずかに目を見張ったが、よくよく考えてみれば、確かにそのように見受けられる場面がなかったわけでもないと気づいた。箱入り娘ってやつかなぁ……、とシエラがぼんやり考えていると、いつの間にか下を向いたクレアがシエラの服の裾を掴んだ。

(ん?)

掴まれた裾に懐疑的な目を向け、次に表情を伺うと、クレアは困惑の表情を浮かべて小さな声で心の内をこぼした。

「……変じゃ、ないかなぁ……?」

(んんん?)

“何が?”と思い、シエラは眉間に皺を寄せてクレアの言葉の指すところを精一杯考えたが、言われたことが唐突すぎて理解できない。まだ話に続きがあるのだろうかと無言で先を促してみた。

「……いや、あの……ほら、他の子ってその……普通、街で友だちといろいろお買い物したり、ご飯食べたり……とか、するものでしょ?」

……そうなのか。
シエラは率直にそんな感想を抱いた。心配そうにこっちを見上げてくるクレアには申し訳ないけれど、シエラに言えることは正直なにもなかった。まず、そんな経験をしたこともない。
だが、ここで黙ってしまってはいけないだろうと、現に泣きそうになっているクレアを横目で見ながら察したシエラは何を言おうかと少し思案した後、ありのままの自分に話せる話を自分の言葉で話した。

「……あの、私も正直そういうことしたことないです」

シエラは、面食らった顔をされた。
なんでそんな顔されなきゃならないんだ、と少しむっとしたが堪えた。

「いや、あの……でも、お母さんとかお父さん……とかとは一緒に行ったりするでしょ?」

「あー……まぁ、そうですね」

シエラは無意識に視線を横に反らし、言葉を少し濁して返事をしたが、クレアはそのことには気づかずに、言われた事実だけを飲み込んで、いいね、と小さく呟いてしゅんとした。そんな姿を見て、シエラはなんとなしに、少し励ます意味も込めて自分の身の上話をゆっくりと話し出した。

「……どうなんでしょう。私は……私の本当の両親はもう死んでしまって……。今、私を育ててくれている人とは血も繋がってませんし……」

そこで一旦言葉を切って、ちらとクレアを盗み見ると、シエラの方こそ向いていなかったものの、顔はいたって真剣で、その様子は静かにシエラの次の言葉を待っているように見えた。
そんな顔を見たからか。シエラも普段は言わないようなことを知らず知らずの内に話していた。

「……よく、そういう街とかじゃなくても、買い物とか連れてってくれるんですけどね。こう、そういうのって……どうしたらいいのか、分からないです」

素直に甘えればいいのかもしれない。
でも、迷惑はかけたくないし、もしかしたら甘えること事態が迷惑にあたるのかもしれない。どこまでが許されていて、どこからが駄目なのか。境界線の曖昧なことをいったいどんなさじ加減で行動すればいいのか分からない。
だからといって、10出された問題を9正解だったとしても1間違えばもうそれで終わりになってしまうのかも、という不安がつきまとう中で甘えることが出来るほど上手にやれるわけでもない。どうしようもなくても不安で、確かな何かを求めたところでないもないのだと、ふとしたときどうしても感じてしまうことが、自分の中で罪の意識を大きくするけれど、それもさえもどうすることも出来ずに、じゃあどうすればいいの、と延々と同じことを考え込んでしまう。
無意識にそんな風に考えている。不思議だ、言葉にしてみて、誰かに話してみて気づくことがあると先生たちがよく言っていたけれど、あの人たち本当のことも言うんだなぁ、とシエラは一人、続けた思考の中でそう思った。

シエラがそうして染々としていると、何も言わなくなった彼女を心配して、クレアが手を握ってきた。シエラがクレアの方を向くと、クレアは小さな意を決したように、おそろいだね、と呟いた。
シエラはそんなお揃いは心底嫌だ、と思った。
だいたい姫と一緒ってのが心気にくわない、と心の中でそう呟いて沈んでいく夕日をクレアと一緒にしばらく眺めた。








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