「……いや、ですからそこはそうじゃなくて……」
「ううぅ……。難しいよ、シエラ……」
シエラは今、クレアと一緒に先日から約束していた約束を果たすべく、花冠作りを例の公園でクレアと一緒に勤しんでいる。いそいそと花を積んで花冠作りの作り方を伝授している、わけだが……。
「……下手か……」
ボソリッとシエラは呟いた。そういうときだけ目敏いクレアはシエラのその呟きをしっかり聞いていて、“酷い!”と喚いたが、それにしても酷い出来である。あらぬところから花が、それはもうおどろおどろしいと思うほどに怪しい雰囲気を醸し出しながらでろんっと、飛び出ている。
愛でられるはずの花が全くもって愛でられない状態になっていた。
そして、二人の周りに散らばっている、悲しくも茎を暴君によって千切られた哀れな花たち。シエラは彼らにどう謝罪すればいいのか分からなかった。大きな動きや声を発しなくたって、花だってれっきとした命である。
「……わかりました」
若干ため息をつきつつ、シエラは観念したというように両手を上げた。え?え?と、クレアが心配そうに顔を覗き込んできたことにも気づかず、シエラは立ち上がって少し離れたところまで歩いて行った。
それから、二人の間に微妙な距離と沈黙が降りた。何分の間そうしていただろう?少なくともクレアにはその沈黙は永遠に近いものだったわけだが、あまり気の強くないクレアにはその沈黙を破る術はなかった。目に熱く込み上げてきたものをぐっと堪えながら、花冠を作ることも忘れてどうしよう、と困惑していた。 俯いてじっとしていると、突然頭にストンッと軽い衝撃がかかって、白や黄色の舞い落ちる花びらが目に入った。驚いて、左手で落ちてきたそれを確認し、クレアは顔を上げた。夕日に照されてオレンジ色に輝いている長い髪を、後ろでひとつに束ねた少女がこちらを見ている。夕日が彼女の後ろにあるため、クレアには彼女の表情を読み取ることができなかった。
「……へ……?」
「あげます」
何とも間抜けな声を出して呆けるクレアに、シエラは淡々と答えた。落ちてきたそれが花冠であることを、クレアは再度確かめると、なぜかさらに硬直して困惑していた。
「あ、ありがとう……」
クレアがようやくそれだけ言うと、少しだけ間を置いてからシエラはうん、とだけ言った。
頭に乗せられた花冠を手に取って顔を綻ばせながらもう一度ありがとう、と言うクレアを見てシエラはちょっとだけ罪悪感を覚えた。
シエラとしては、憐れな花の命がこれ以上無惨に散らされるのを防ぐためにしたことなのだが、こうまで屈託なく言われると何だか申しわけなくなってくるのだ。
「それにしても……シエラってずっと頭がいいなぁって思っていたんだけど、器用でもあるのね!!」
手に持った花冠を改めて眺めながら、クレアは目を輝かせた。
「……そうですか?」
「ええ!これ、すごく上手!!」
「……なら、こんなのも作れますけど……」
そう言ってシエラは、クレアが花冠を作るために摘んだ花の内の一つを手に取って、クレアの髪にくくりつけた。
クレアはわぁ……!と感嘆の息を漏らすと、立ち上がってその場でくるくると回った。
「えへへ、似合う?」
「……う、……ええ」
シエラは一瞬硬直した後、思わず“うん”と答えてしまいそうになったところを、慌てて訂正した。
「ふふふ、やっぱりシエラは器用ね!!」
……ただ、花を髪にくくりつけただけなのだが。そうシエラは思ったが、それは言わないことにした。
「……そんなのでいいなら、こんなのも作れますよ」
そうシエラは言って、今度は花の指輪をクレアの指に作った。クレアはまたしてもうわぁ……!と言って、自分の指に通された指輪を眺めた。
「あっ!これなら私も作れそう!!」
「……え?」
思わずシエラは顔をひきつらせたが、それにも気づかずクレアは早々と花の一つを摘んで、シエラの手にくくりつけた。
くくりつけられた花をシエラはしばらくしげしげと眺めた。さすがに指輪は作れたか。
「えへへ、おそろい!!」
クレアは嬉しそうにシエラに言った。
シエラはお礼を言うのを忘れていたことを思い出し、クレアにお礼を述べた。
クレアは顔を赤らめて、嬉しそうに笑った。
しばらくそのまま、二人で和やかに会話をしていた。
「そういえば、最初はこの国ってけっこう危険な動物とか出るから危ないのかと思ってたら、そんなこともないのね」
「いえ、危険ですよ」
「えー……」
「いや、本当ですって。ここだって、いつもなら割とヘビとか出るんですから」
「えっ!?そうなの!!?」
「……と言っても、そんなに大きくない奴ですが」
「何だー、びっくりしたぁ……!」
「あ、と言ってもネズミを食べるくらいの大きさはありますよ」
「え?ネズミを食べるって、どのくらいの大きさ?」
「……他国で一般的に見るヘビのサイズと同じくらいかと」
「ええ?それって、どのくらい?」
「……。ヘビ……見たこと、ないんですか?」
「え?……。そういえば、ないわ」
「……」
「こ、今度!今度お城で見せてもらうわね!!」
「いや、見せてもらわなくていいです。危ないですし」
そんな風に会話をしていると、突然クレアが思い出したようにあっ!と言った。シエラが何だ、というように視線をクレアに向けると、クレアはにこやかな顔で思いついたことを口にした。
「そういえば、シエラって私に対して敬語でしゃべってるわよね?」
「……?ええ」
何となく嫌な予感を感じながら、シエラは静かに答えた。
「ねぇ、それじゃあ疲れるだろうし私も話づらいから、ここからは敬語はなしでお話しない?」
「……」
シエラはクレアと出会ってから何度目かの絶句をした。
「いや、あの……それはちょっと」
「え?何で?どうして?だめなの??」
「……」
何と言えばいいのか、困る。シエラとしては全く構わないのだが、問題はそうじゃないのだ。無礼だ。これで打ち首とかになったら、シャレにならない。
「いや、あの……失礼なので」
「そんなの全然構わないわよ!むしろ私はその方が話しやすくていいわ!!」
いやいや。あなたが良くても、周りは全く良くないんですって。
そんな風にシエラは思い、言い澱んでいたがクレアは全くもって譲ってくれない。しばらくの間そうして問答していたが、とうとうシエラが観念して二人だけの時なら、という条件のもと話を飲んだのだった。