「……で」

「なんでこんなことになってんのよー!?」

ことの始まりは数時間前。

『その娘を牢に入れなさい』

かの女王がそう言い放ったことから全てが始まり、兵に拘束され、手を引かれ、歩いて歩いて歩いた末に檻の向こうに投げ飛ばされて……今に至る。
最初は何が何だか分からず、しばし静止。
そして、だいたいの状況を理解できてきた頃、出してくれと大声で叫び、喚き、仕舞いには泣きそうになったりした末に、シエラは。

「ちょっと!!!
さっさと出せつってんの!!!さっきから聞こえてんでしょ!!!
おい!!!!反応しろっての!!!!!!!」

……キレていた。
祖国から、わけのわからない理由で連れてこられ、着いたと思ったら問答無用で牢に入れられて、不安も悲しみも虚しさも通り越したら……この、果てしなく理不尽極まりない状況に、キレずにいられなかったシエラだった。
もともとシエラはそんなに育ちも良くなく、“お上品”なんていう言葉が微塵も似合わない性分だった。
故に、ここで怒りが爆発したのはある意味彼女にしては良く耐えた方だと云って良い功績だった。 ところで。
さっきから喚いているシエラだが、これが実は地味に 功を奏していた。牢から遠く離れている兵達の部屋まで、声が響きわたり、役人達はあまりの五月蝿さに耳を両手で塞いでいるほどだった。
もともと、竜の咆哮とは遥か遠くまで響き渡るものだ。
だから、いくら人に近く、子供といえど、竜族の声量はなめはいけない。
……まぁ、シエラがそれを知るのはだいぶ先の話だが。







一方その頃、城では小さな姫の金切り声が響いていた。
「なぜですか!」
クレアの要求に全く取り合わず、再三声をかけても、返事すらしない女王に、クレアはだんだんとしびれを切らし、執務室に向かう途中の女王の前に立ちはだかって、抗議の声をあげた。
「お義母様!!」
大きな声でその人を呼び、威勢良く前に躍り出たクレアだったが、女王の表情を見た瞬間、その威勢はどこかへと行ってしまった。
一瞬怖じ気づいたクレアだが、前に飛び出たからには退くわけにいかない。
虚勢を張って食って掛かった。
「なぜ、シエラを牢に入れたりしたのです!?答えてください!」
「……お前は、そんなことも分からないほど阿呆なのか」
威圧を放った表情から、溜め息混じりに呆れ返った顔をして、神経質そうに眉間を押さえた。そしてしばらく考えた後、厳格な表情で女王は静かに告げた。
「……そもそも、城の外の人間、ましてや他国の人間をそう簡単に城に入れる事の意味を、お前はきちんと理解しているのか?」
ハッした表情でクレアは話を聞いていた。彼女は、問われたことを良くわかっていなかったのである。
その表情を見て女王は更に深い溜め息を吐き、“もういい”と一言そう言い、足早に執務室まで歩いていった。
その背中に、クレアは再度待って下さい!と声をかけたが、女王は今度こそ振り返らずに行ってしまった。







「はぁ……」

女王は執務室にて、身体中の空気を全て抜くような、重い溜め息を吐いた。

(どうして自分の姪はああも考えなしなのか。
いや、それとも単に馬鹿なだけなのか。
とにかく、何故あのように愚かな真似をするのか)

理解し難い状況に女王は頭を抱えていた。

(出来は、決して悪くない。
だと言うのに。
あの行動は何だ。
自分がしたことが少しも分かっていない。
奴のしたことは従者から聞いたが……まるで人拐いではないか。ここに連れてこようと、快く迎えられるどころか、余所者として周囲から疎外され、潰されるのが落ちだろうに)
そう思った。
……まぁそれ以前に、国の重要性機関に余所者を入れるというのが、そもそもおかしいのだが。
それを差し置いても、だ。
女王は年端も行かぬ少女を母親から引き離して連れ去ってきた、姪の心情を図りかねていた。
そして同時に、竜の国の公王の心情も。
公王は民に決して理不尽なことは要求しないと聞く。民に優しく、理不尽には決して屈しないと聞く。
なのに今回、あっさりとあの少女から手を離した。実に不思議なことである。
その時彼女の脳裏には、まだ戦争が絶えなかった頃に捕虜として捕らえられた国民を取り戻そうと、あれやこれやと画策する、ありし日の公王の姿が思い出されていた。

(………………奴も変わった……のだろうか……)

女王が言いも知れぬ、空虚な気持ちを覚えていると、執務室の扉がノックされた。
入れ、と外に声をかけると、宰相が困った顔で部屋に入ってきた。
女王は宰相の報告を聞き、呆れたように溜め息をつき、それでいてどこか納得いったように少し笑った。
机に両肘を付き、暫く考えた後、思い立ったように立ち上がり、執務室を後にした。







カビの生えそうな湿った牢獄。
大声を出しすぎて、さすがに疲れたシエラは、大人しく部屋の真ん中に座って、錠前を睨んでいた。
座って、クレアや女王に怨念を送っていると、それを知ってか知らずか……現在最も殺してやりたい相手がやって来た。
女王は、そんなシエラの態度を無視し、部屋の前、シエラの真正面まで来て、宰相がそそくさと持ってきた少しばかりボロの椅子に、当たり前のように腰かけた。
その様子をシエラは、なにも言わすにじっと見ていた。
暫く間をおいて。
女王が顔に微笑を浮かべ、、威厳を持った声で、静かに、しかしはっきりと聞こえる大きさで、シエラに話しかけた。

「ずいぶんと楽しんでいるようだな」

キッとシエラは女王を睨み付けた。
その様子を女王はさも面白そうに見ていた。
そして、さて……今私がここに来た理由だが、と、恐らくここにやって来た本来の目的を話始めた。

「実は、もうすぐ私の誕生祝いなんだが……、その祝いの品だと届いた物の中に、どこの馬鹿が贈ってきたの知らないが、お前の国の守護者が混じっていたそうだ」

シエラは最初、私の誕生日という言葉聞いて、何言う気だこのおばさん……と思ったが、最後の“守護者”という言葉を聞いて、ハッとしたように顔をあげた。
女王は、言いながら肘を付き、そこに顔を乗せて足を組むという……いかにも王族っぽい格好をしていた。

「つまり……ドラゴンだ。まだ、子供だがな」

そこで一旦言葉を切り、溜め息を吐いて面白くなさそうな顔をした。
シエラは一瞬驚いた顔をしたが、黙って次の言葉を待った。

「いくら子供とはいえ、ドラゴンだ。力が強く、報告によると檻の中で暴れまわっているらしい。怪我人も何か出、このままだと檻を壊しそうな勢いなのだそうだ。しかし、殺そうにも鱗が硬い上に、あれほど凶暴な生物と対面したことのある人間もこの国にはほとんどいない」

と、そこまで一気に喋り、女王は少しだけ上体を立て直した。
そして、最初部屋に入ってきた時と同じような、ニヤついた顔をし、シエラを真正面から見て、悠然と言った。

「そこで、だ。
彼の獣たちを従わせる力を持つというお前に、そのドラコンの処理を任せたい。
手段は問わない。とにかく、奴を大人しくさせれば良い。その見返りにお前をここから出してやる。どうだ、悪くないだろう?」

シエラは何とも形容し難い複雑な表情をした。条件を飲むことが良いことなのか、悪いことなのか、図りかねていた。たが、自分がここでこの提案を蹴れば、そのドラゴンはご飯を食べれず、確実に死んでしまうだろう。女王は言った、手段は問わない、と。つまり、ドラゴンに認められ、契約し、従わせる……それだけでもいいということだ。
“ただ、大人しくさせれば良い。”
これはそういうことだ。
そう思い至り、シエラはこの条件を飲むことにした。





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