暗く湿った通路を歩いていく。
カビ臭いにおいと、何か不快なにおいを嗅ぎながら、シエラは先を歩く女王と臣下の背中を、見つめていた。
規則的に聞こえる足音と、遠くから響く、何かの遠吠えに少し怯えながら、背中を追う。
あの後、シエラは女王の一声ですぐに牢から出され、一刻も早く件のドラゴンをどうにかして欲しいということで、現在はそのドラゴンが入れられている檻に向かう途中だった。
シエラは聞きたいことが山ほどあったが、この場で質問をするのも気が引け、大人しく歩いていた。
と、先ほどから歩いていた阪が終わりをつげ、衛兵達が休憩している部屋を通り過ぎて階段を昇る。
その先にあった扉を女王が開けて外に出た。
シエラもそれに続いて外に出ると、そこは城内の廊下だった。ずっと暗い所にいた所為か、眩しくてしばらく目を閉じたり開いたりした。
目が慣れてきて、改めて周りを見渡してみると、どうやら自分たちが今出てきた所は隠し扉のようになっているようで、宰相が先ほど出てきた扉を閉じた瞬間、もう扉がどこにあるのか分からなくなった。
「気は済んだか?」
女王に声をかけられ、びっくりして顔を上げると、女王がこちらを見ていた。
待ってくれていたようだ。
「すいません」
一言そう謝ると、女王は懐疑そうな顔をしたが、何も言わず先を歩き出した。
シエラも無言でそれに付いていく。
途中、何度か城の構造や装飾に目を奪われて、あちらこちらと色んな所を見ていたら、女王に転ぶなよ、と注意された。
少し恥ずかしくなったので、その後はあまりキョロキョロせずに進んだ。
†
何個目かの扉を潜ったあたりで、シエラは、何か空気ががらりと変わったのを感じた。
あの後、シエラ達は牢獄から出た先、
突然雰囲気が変わったのに驚いて周りを見渡してみたが、女王も宰相も特に何も気にしていない様子で、平然とそのまま進んでいった所を見ると、それを感じたのはシエラだけだったのかもしれない。
そう思い、特に取り乱すこともなく先に進む。“確実にこの先にいる”、という得もいえぬ確信を持ちながら。
†
その部屋に入った瞬間シエラは体に電流が走るのを感じた。
声を出すことも憚られる神秘を、シエラはその時初めて体験した。
剥き出しの岩肌が目立つ、無骨な部屋の奥。
どう見ても快適とは言い難いその部屋の物騒な鉄格子の中は窓から漏れる僅かな光に照らされ、光の粒子が舞っているように見えた。しかし、それは光源が多いのではなく……、窓から射した光を反射して輝く物体があったのだ。
…………………………。
無言で見つめる目。
交差する視線。
シエラの青い目がその鋭い瞳を写していた。
…………ドラゴンが、いた。
「…………。」
「……おい」
女王の声でシエラは我に返った。
知らない内に魅入られていたらしい。
「さっきからどうした」
そう言って女王は身を屈めてシエラを見た。眺めの前髪から覗く目は少し不安そうな色をしているように見えて、それがシエラには少し不思議だった。
自分で思っていたより長い時間見つめあってでもいたのかな……と、そんな風に考えていたら、ドラゴンが少し身動ぎをして、丸めて部屋の奥の方を向いていた体を、此方に向けた。
女王はそれに驚いてドラゴンを振り返り、それと同時にシエラとドラゴンの間を塞ぐ物がなくなって、また互いに目を合わせた。
ドラゴンは此方の様子を伺って、ただじっと見つめてきた。
(えーと……)
シエラは暫くどうしようかと考え、そして思い出したように手を叩いた。
パンッ
乾いた音が辺りに響いて、女王はまたも驚いた顔でシエラを見た。
不審な視線を向けられたシエラは、ただじっとドラゴンが動くのを待った。
カンッ
ドラゴンは鱗を動かして音を鳴らした。
(応えた……!)
もう一度手を鳴らす。
すると、ドラゴンはまたそれに応えた。
この、手を叩くというのは人間のドラゴンに対する挨拶で、それに対して鱗と鱗を当てて音を鳴らすというのは挨拶に対するドラゴンの返事だった。
つまり、シエラは挨拶を返して貰える位にはドラゴンの眼中に入っており……、対等ぐらいには見てもらえている、ということだ。
(いける…!)
そう思ったシエラはそのまま契約しようと、決闘を申し込んだ。
ドラゴンと契約するには、その実力をドラゴンに示さなければならない。
その為には正式に決闘を申し込んで、相手を打ち負かすか、ドラゴンの場合は大抵ドラゴンの弱点である“逆鱗”という鱗を取ることで、その実力を認めて貰うことが出来る。
シエラは早速、決闘を申し込む為、竜族だけが出せる特殊な声を発した。
辺りに何か獣のような鳴き声が響き、シエラはドラゴンの反応を待った。
しかし、ドラゴンはシエラの予想に反して、何の反応も示さず、終いには背を向けて丸くなってしまった。
(あ、あれ……?)
唖然と見つめるシエラを余所に、ドラゴンは健やかな寝息をたて始めた。
(前言撤回前途多難……!?)
シエラは愕然とその場に崩れ落ちた。