全ての事柄には意味がある。
故に、先程の聞いたこともない獣の咆哮のような声も、龍が一瞬シエラを見てから、興味が失せたように丸まって寝息をたて始めたことも、目の前で急に両手をついて項垂れ出した少女にも、意味があるのだろう。
しかし。
突然聞いたこともない声で鳴いたと思えば、次の瞬間膝をついてうなだれ出した少女を見、全くその行動の意味が理解出来なかった女王は、当たり前のように、困惑していた。
……まぁ、もともと彼女は感情表現が下手なので、その心情を読み取れた者は、いなかったわけだが……。

(なんで……?)

シエラは先ほどからずっと、なぜ決闘を受けてくれないのかを考えていた。
いくら思案してみても決闘を受けられないような理由は思いつかない。

(ということは、一応挨拶は返すが、お前をそこまで気に入ったわけではない、だから図に乗るな、っていう……そういう…こと……?)

考え、導き出した答えがそれだった。
そのような考えに至ったシエラだったが、"挨拶を返してもらえる"というのは、普通なら、それだけで大きな意味を持つ。
何故なら、興味・関心のない相手からの挨拶というのは、されても無視するのが当たり前だからだ。
ましてや動物、それも゛神の使い゛とも言われる存在なら、尚更である。
故に、いけると踏んだシエラだったのだが…。

「……。」

ズーンとシエラの纏う空気が更に重くなる。
……そう、シエラは地味に凹んでいたのだ。自信があっただけに、なおさら。

「……よく、分からんが」

沈黙を破ったのは女王だった。
女王はふむ……、と言って何かを考える仕草をした後、じっとシエラの目を見つめ、一つ頷いた。

「……その様子なら任せても大丈夫そうだな?」

「え?」

間抜けな声が出てしまった、と思ったが、女王は対して気にしていないようだった。

(この状況のどこを見てそう思ったの……)

シエラはそう思い、首を傾げた。
クスッと小さな笑い声が聞こえて上を見上げてみると、女王は何故だか笑っていた。

「分からないか。
まぁ良い……」

そう言ってまた考える仕草をした後、シエラの目を見て静かに言った。

「3日やろう。その間にそこのドラゴンをなんとかしろ」

そう短く言った後、女王は宰相を連れ、早々にではな、と言って去っていった。
1人部屋に残されたシエラはしばらくの間、女王の言った言葉を整理していた。
あまりに突然色濃い時間を過ごした為に、頭がついていかなかったのだ。

(うーんと……、とにかく3日の間にあの子とどうにかして決闘して負かして、契約をすればいいんだよね…?)

うん、とシエラは1人納得した。
それから、どうしようかな…、と考える。

どうすればあの子の気を惹けるのだろうか。思えば、人間の友達ですら、まともに居なかった自分である。人の気も惹けないのに、竜の気なんて引けるのだろうか…。
思考が再び暗い方へと引っ張られそうになったところで、慌てて考えを中断する。

(…とりあえず、いろいろやってみよう!)

そう思い、勢いよく立がって部屋を後にする。
竜の居る檻がある部屋の塔から外に出たところで、ちょうどシエラが進もうとしていた方向から、バタバタと騒がしい音が聞こえてきた。
何かな?、と首を傾げていると、見覚えのあるオレンジ髪の少女がこちらに走ってきていた。

「シーエーラー!!」

「…クレア?」

シエラの元にたどり着いて、肩で息をするクレアは一瞬立ち止まって、シエラの顔を確認した後、シエラに抱きついた。
驚いて固まっていると、小さくよかったぁ…と聞こえてきた。
シエラは心配させちゃったかな…と思い、その事を謝ろうとしてクレアの顔を伺ったが、何だかとても安心した顔をしていたので、まぁいっか…と、結局その言葉は言わなかった。



†††



「えっ、ドラゴン!?」

クレアは大きな目を見開いて、驚いた。
クレアがやって来てから数分。
シエラはクレアと別れてからあった、ここ数時間の話をしていた。
牢に放り込まれたこと、その後の女王との会話や、龍を見たことまで。
そして今、クレアに龍をどうにかすることと交換に、一旦牢から出して貰ったことを話し終えたところだった。
クレアの言葉を受け、何故かシエラは少し面白くなさそうな顔をした。

("ドラゴン"じゃなくて"龍"なんだけどな…)

今さらだが、シエラは龍が"ドラゴン"と呼ばれることを不満に思っていた。
自分の国で言う"龍"と"ドラゴン"が同じものを指していることは、クレアが来国するあたり特別授業を受けたシエラにも、よく分かっていた。
だが、その中の授業で聞いたドラゴンの印象というのは、あまりにも酷いものだった。クレア達の言うドラゴンというのは、力の限り暴れまわったり、どこかのお姫様を拐ったり、人から財宝を奪い、英雄に倒されたり、など…。クレアの国では悪者として認知されていることが多いからだ。
龍神信仰のシエラにとってはその"ドラゴン"と、"龍"が同一のものだとはどうしても思えないのだった。

シエラの表情の変化に気がついていないクレアは、話を聞いている最中、シエラの話す一つ一つに一喜一憂…とまではいかないものの、表情をころころと変え、最後に何か思案して難しい表情をした。

「…そっか…。義母さまはそんなことを…。」

およそ10歳とは思えぬ表情で、クレアは最後にそう言った。
シエラはクレアと出会ってから15日ほどしか経っていないが、その中の会話でクレアと義母の関係があまり良くないことは知っていた。
しかし、そこまで気にすることがあっただろうか、と不思議に思い、女王との会話などを思い返していたが、それも一瞬のことで、すぐにクレアはいつもの雰囲気に戻った。

「だいたい、分かったわ。…で、シエラはこれからどうするの?」

「…分からない。というか、動物の気を引くってどうすればいいの?」

「そこはシエラの方が詳しいと思うけど…。」

うーん、と唸ってクレアは考える。
腕を組んで難しい顔をしている姿も、何だか可愛らしいからずるいなぁ、と質問をしておきながら、シエラはそんなことを思っていた。

「…普通に動物と仲良くなるためには、やっぱり餌をあげるところからかしら。私も最初、自分の馬と信頼関係を築くために餌やりをして下さいってロベルトに言われたし…。」

自分が問うたことの答えよりもツッコミ所満載のクレアの答えに、シエラはえっロベルトって誰?ってかクレア馬持ってるの!?と頭の中はクエスチョンマークで一杯だったが、とりあえずそれらの疑問に蓋をして、言われたことを考えた。

「餌かぁ…」

うーん、とシエラは唸る。
餌って言えばやっぱりお肉かなぁ…?、とシエラが考えていると、クレアがうん、と言った。

「なんなら私が貰って来ようか?」

そう提案したクレアに、シエラは大丈夫だと言って断ったが、"でも、貰ってくる場所とか分からないでしょう?"と言われ、結局クレアに取ってきて貰うことになった。
駆け出して行くクレアにゆっくりでいいから!、と声をかけ、その場でクレアが戻るのを待つことにした。





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