龍の檻がある馬小屋近くで待つこと数十分。餌を貰ってきたクレアが道の端から見えてきて、その手に持つバケツが重そうだったので、シエラは慌てて駆け寄った。
送り出して待つ内、そういえば龍のご飯って多分お肉だと思うけど、クレア生肉なんか見て大丈夫かなぁ…?と、若干不安と共に焦りを感じたシエラだったが、クレアが持ってきたバケツには蓋がしてあり、中は見えないようになっていた。詳しいことを聞くと、馬の餌などが纏めて置いてある場所に"ドラゴンの餌"と書かれた紙の置かれたバケツが置いてあったから、それをそのまま持ってきたので、中身が何なのかは分からない、と言っていた。
シエラは若干呆れて苦笑いしたが、それと同時に安心したのだった。



†††



クレアからバケツを受け取り、それを龍の檻がある小屋の前まで運んで一息つく。餌の入ったバケツは意外に重く、先ほどシエラが待っていた場所までクレアがそれを運んできたということに、シエラは驚いていた。

(もしかしたら、意外と力もちなのかも…?)

と、変なところでクレアを見直したのだった。
小屋の前では先ほどから、小屋の見張りを任されている騎士がチラチラとこちらを見ていたが、無視していた。
息が整ってきたところで、先ほどからこちらを気にしていた騎士に声をかけ、中に入ると告げた。

「すいません、餌をやりたいので中に入ります」

騎士はシエラのことを女王から聞いていたようで、"入れ"とだけ言われた。
シエラは扉を開けてから、両腕と足に力をいれて餌を持ち上げ、とてとて歩きながら中に入ろうとすると、騎士からお待ちください、と言われた。
シエラは驚いて騎士を見たが、騎士と目が合うことはなく、騎士はクレアを見ていた。どうやら騎士に止められたのは、シエラではなく、シエラに続いて中に入ろうとしたクレアだったらしい。

「なに?」

少し不機嫌そうにクレアはそう騎士に問いかけた。

「この中には彼の地に住まうという"邪悪な"ドラゴンが居ます。姫様をそのような危険な場所にお通しするわけにはいけません」

侮蔑の篭った目でチラッとシエラの顔を見、邪悪という単語を強調して騎士は言った。
あからさまな当てつけをされ、シエラは眉間に皺を寄せたが、ここでこいつと揉めて中に入れなくなったら困る…と、ぐっと踏みとどまった。
シエラはクレア来国の際、特別授業で"我慢"というものを嫌というほど覚えさせられた。そして、クレアの行動を見ていて、本人も気づかぬ内に学んだことがある。
それは、自分の感情のままに動くことで、自身をより不利な状況に追い込むことが、時としてはあるのだということ。
故に、シエラは込み上げる文句をぐっと我慢して、黙っていたのである。
…とはいえ、文句を言わないまでも、奥歯を噛みしめ、もの凄い勢いで騎士を睨んでいるその様は、我慢していると言い切って良いものか、些か迷うような姿だったが。

クレアの方も実に面白くなさそうな顔をして、今にも怒りだしそうな顔をしていた。
クレアはシエラと違って、なぜ自分は入ってはいけないのか、というところを不満に思っていた。
クレアが文句を言おうと口を開きかけた時、騎士の方が先に言葉を発した。

「女王様から、ここには限られた人しか入れてはいけないと言われているのです」

憮然とそう言った。
そう言われてクレアは、不満そうにしながらも開きかけた口を一旦閉じ、小さな声で…分かったわ、と言った。
やり取りを見守っていたシエラだったが、騎士に視線を向けられてハッ我に返り、クレアに行ってくる、と一声かけてから小屋の中に入った。



†††



中に入ると、ずっと寝ていたのか、シエラが出ていった時と同じ体制で丸くなっていた。
シエラが檻に近づくと、龍は目を覚まし、頭を持ち上げてシエラを見た。
無言のまま、どちらも身動き一つせずに、しばし見つめ合う。意を決してシエラは龍に話しかけた。

「ご、ご飯ですよー…」

………………。

…心なしか、龍にどことなく胡乱な目で見られた気がした。
シエラは微妙な雰囲気になったことに腹を立て、乱暴な足取りでズカズカと檻の前に行き、床にドンッとバケツを置いた。

「はい!もう、どーぞっ!!」

シエラはペイッと肉を投げた。
肉はペチャッと音を立てて床に落ちた。

…………。

「……!何でよ!?」

シエラは恥ずかしさから、憤慨して地団駄を踏んだ。
龍は肉がシエラの手から離れて床に落ちるまで、全てを微動だにせず見守っていた。
キーキー喧しく騒いでいたシエラだったが、一つの可能性に辿り着いて、騒ぐのを止めた。

「もしかしてお腹空いてないの?」

もしかしたら食べたばっかりだったとか。
そう思い、静かに龍に語りかけたが、龍は反応を示さなかった。
ただ、じっとシエラを見ていた。

(うーん…)

どうなんだろうか、とシエラは考える。

(餌をあげた後なら、このバケツは一体どこから…?)

普通餌をやった後なら、またすぐに餌を用意することはないだろう。明日の分などを用意するにしても、餌が生肉である為、長時間置いておくと腐ってしまう。
クレアが勘違いしたのだろうか?
そう考えたが、さすがにクレアも字は読めるだろうし、生肉食べるような動物は故郷以外の国ではないと思うんだけど…、とうんうん悩んだが、当初の目的を思い出して、一旦考えるのを止めにした。

問題は決闘を受けて貰えるかどうかである。
試しに今一度決闘を申し込んでみたが、見事に無反応だった。

(…だよね…)

そりゃそうだ。
だって先ほどと何も状況は変わっていないのだから。
うんうん考え、龍に話しかけてみたり、手を叩いて挨拶しまくってみたり、もう一度肉を放ってみたり、その辺に落ちてた草で猫じゃらしの如くじゃらしてみたり…など、いろいろやってみたが、結局惨敗した。
ちなみに、アホの子よろしく手を叩きまくった時は返事はするものの、後半、若干うざそうな顔をしていた。
…その他は無反応であった。

(…な、何で効果ないの…)

微妙に疲れながらシエラはそう思う。
動き回ったせいで地味な疲労が溜まってしまった。おまけに手がじんじんと痛いし…。

(…もう…、どうしろっていうのよ…)

大きくため息をつく。だんだん自身がなくなってきて、心細くなってきてしまった。
滲みそうになるしかいをぐっと堪えて、とりあえず檻の方を見る。泣いたところで状況が変わるわけではないことが、ここ最近の経験で、身に染みて分かっていた。
だからこそ、遠く離れたものを思うのではなく、次にどうするのかを考える。
けれども、良い案は全く浮かばなかった。

(…お肉、さげないとな…)

ふとそう思った。
そのままにしていては腐ってしまって衛生的に悪いし、神様の前に腐ったものを置いておくのもどうかと思ったのである。
シエラの義母は龍や獣と契約をしているわけではなかったが…龍や獣を診る、首都でも結構有名な獣医だったのだ。
だから、シエラもそういうことはよく知っていた。
肉を出そうと思って、いつ入ったのか…そこそこ長い枝を見つけたので、それで肉を出す。
一つは簡単に外に出せたのだが、もう一つがなかなか出せない。…というか、枝が届かない。

(どうしよ…)

シエラは頭を抱えた。
やけくそで投げた肉が割と檻の奥の方に入ってしまっていたのだ。
龍はこちらを見ているが、見た感じとても落ち着いていた。

(…肉が落ちてるのは檻の入り口から奥に行ったところ…)

シエラから見て、檻の入り口は左側。対して、龍はシエラから見て右側で丸くなっている。
シエラがいるのは檻の中心から左の方…、つまり檻の入り口に近い方にいる。
肉は自分の目の前。幸い、檻の入り口に鍵は付いておらず、留め具のみが付いていた。

(…取りに行くか…)

シエラは覚悟を決めた。
なぜシエラが自分の命を懸けてまで、このことに拘るかというと、シエラは"多分ないとは思うけど、あの子はまだ子供だし、腐った生肉食べたら大変。ここには獣医もいないし、病気にでもなったらきっとあの子は死んでしまう…"と考えていた。
幼い命は、大人よりも失われやすい。
以前に義母が、大雪原に住む大型肉食動物、スノータイガーの子供を診ていたことがある。スノータイガーはその身体能力の高さから、大雪原でも、特に危険視されている動物だった。その危険度の高い動物の子供が、怪我をして人里近くに倒れていたらしく、保護されて義母の元に預けられたのだった。
幸い怪我は対したことがなく、順調に回復に向かっていたのだが…ある時、事態が急変した。スノータイガーの子供は感染症にかかり、高熱を出して、最終的に死んでしまったのだ。そのことがきっかけで、シエラはそれから義母に少しずつではあったが、いろいろと教えてもらうようになったのだった。もう二度と同じような思いをしなくてすむように…。

(…よし!)

シエラは少しだけ気合いを入れた。
怖くないといえば嘘になるが、どちらにしろ後から戦うことになるかもしれない相手なのだ。ここで襲われて簡単にやられるようであれば、到底契約などできないだろう…、そう腹を括ることにしたのだ。

シエラは意を決して檻の留め具をはずし、檻の中に入った。
キイッという金属特有の高い音を出して、扉が揺れている。
龍と目を合わせたまま、ジリジリと肉へ近づく。龍は動かず、ただひたすら静かに、シエラの目を診ていた。
龍の方へ一歩一歩、静かに近づく。
そこから、肉の方へ歩いて行こうとしたとき。

(……?)

シエラは何か妙な感じがして、動きを止める。目は龍と見つめあったまま。

(……???)

…なぜだろうか。
唐突に、今なら決闘を受けてくれるような気がした。

龍の目を見る。
その目には、自分の空色の目が映っていた。
交わる視線と視線。
シエラは息を吸い込んで、鳴いてみた。

すると龍は空に向かって、一つ大きな声で吠えた。





To be continued

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