序章




早朝、開店前のカフェ。
まだ日の昇りきらない店内は薄暗く、窓から見える景色もまだ静かに寝静まっているようだった。
カウンターに肘を付いて過ごす微妙な時間帯。
この後開店に必要な準備は全て済ませしてしまった為に、暇を持て余してしまったが、曖昧な時間をさてどう使うかと思案してみるも結局やる事がない。
とりあえず座って買い出しに出かけた奴らを待つ事にして、机に突っ伏していた。
そんな、独りの時間。
虚ろな目で僅かに白み始めた空を眺めると、必ず頭の中に浮かんでくるのは忘れた筈の記憶ばかりだ。

(…きっと、未練があるんだろうな…。)

そんな風に思う。
だからこそ自分はいつまでもその事を思い出すのだ。

後悔しない事が死んで逝った友人へのせめてもの手向けだと、そう思ったから何もかもから目を背ける事にした。
辛かろうが、悲しかろうが苦しかろうが。
その全てを自らに無い物だとする事が今はきっと正しいのだと居なくなった彼女を前に俺は思ったのだ。
しかし、今になってその過去が頻繁に蘇るようになった。

(そういえば最近は思い出しても取り乱したりしなくなったな…)

そう思ったとき。
それはきっと今が本当に平和な証拠なのだろうと、そう思った。
だってそれはいつかの過去が時間に流されて忘れられていっている証なのだろうから。


(――知らなくていい――

 、か…)

昔彼女が友人に言っていた言葉を思い出す。
その時はその言葉の意味がよく分からなかったが、今の俺ならなんとなく分かる気がする。

そんな風に自然と思えて。
時間は確かに流れているのだという実感が生まれ、全ては無駄ではなかったと初めて思える。
たとえ戻れなくとも。
変えようのない過去でも。
その過去が今に繋がっているのなら、たぶんそれも悪くはないのだ。

(…ただ…)

その言葉を言われた本人は、いったいどの様に思っただろうか。
信じてついて行った筈なのに最後の最後に裏切られ、それを“どうしようもない”と言った彼は。
今どの様に過ごしているだろうか。

(…今も一人でどこか空の下、孤独に生きているのだろうか…)

彼女を思い出す度、彼女の墓の前で立ち尽くす友人の姿を思い出し、いつもそんな事を考える。

(いつかもう一度会うことがあるんだろうか…)

そう過去を思い、思案していると。
ガチャリ、と自分のちょうど真後ろにある店のドアが開いた。





…それが、止まった筈の過去のもう一度の始まりだった――。






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