クレアの滞在三日目。
この日は特に予定もなく、クレアの行きたい所を気ままに回っていた。先日のように街を散策して、買い物をしたり食事を取ったりとそれなりに楽しんでいた。
ちなみに、この間にいろいろな街や村を行き来しているが、それは魔法で作られた魔方陣でワープしているので、ほとんど時間はかからなかった。これは国土の広いレザリア公国独特の交通機関で、有料にはなるが、行きたい場所近くにワープできる魔方陣に入るだけでいろいろな場所に行けるので、非常に便利だった。シエラがこのことを説明しながら、一緒に魔方陣に入ってみせると、クレアは心底驚いていた。

ところで、先日あの約束をしたからなのか、花畑で花冠を作って以来、二人の間にあったよそよそしい空気は消えつつあった。というより。

「だから言っただろ。そんな格好で来たら転けるって」

「うぅ……」

四日目のお昼を過ぎた頃。
三日目同様、特に予定もなくクレアの行きたい所に行っていたのだが、途中クレアが突然夕陽を見たいと言い出した。
この辺りで景色の良い所と言うと山を少し登って行かないとないので、やめた方が良いと丁寧に止めたのだが、クレアがそんな忠告を聞くはずもなく。
案の定、転んで足を擦りむいてしまった。
最低限の舗装はされていると言っても、やはり普段お城に住んでいるお姫様には荷が重かったらしい。

「あーもう。血が出てるじゃん」

ううぅ……とクレアは何度目かの呻き声を出し、ちょっと混み上がってきた涙を必死で押さえていた。

「どうする?もう降りる?」

大人たちはまた、クレアの要望で遠くから着いて行かねばならなかったので、こちらの様子は見えない。ここで山をおりるのなら、大人たちを呼びに行こうと、足を踏み出しかけながらシエラが聞くと、クレアは首を横に降った。
それを見たシエラは顔をしかめて、軽くため息をついた。

「……しょうがないなぁ……」

呆れたようにそう呟いて、ポケットから義母に無理やり持たされたハンカチを取り出して、クレアの膝に巻いた。血が出ている状態で山を歩くのはあまり得策とはいえないのだが、今回は大人とそれに従う動物もいるうえに、もう少しで絶景ポイントに着くということで、シエラは心のなかで一人、納得したのだった。

「ホントは洗わなきゃだめなんですよ」

不満そうにそう言うと、クレアは何故か嬉しそうに笑ったが、さすがにこのまま座っていると、まずいのですぐに立ち上がらせて、先を急ぐことにした。










「……疲れた」

思わずシエラはそう呟いた。
あれからやっとの思いで、目的の場所に着いたが………、それにしても大変な思いをした。
あの後すぐに、クレアはまた転けかけて、危なかったのでシエラが手を引いて歩くことにしたのだが……。それでも尚、クレアは何度も躓き、前を歩いていたシエラに何度か思い切りタックルをした。そして、その度に後ろに控えていた大人達が二人に駆けつけてくれたのだが……その大人達をクレアはよく思わなかったらしく、ことごとく追い払った。しかし、大人達もそこで引き下がるわけにはいかず、転ける度に駆けつけて、追い払われるという一連の動作を繰り返さなければならず、大人達にとっては非常にめんどうくさい状況になった。そのせいでシエラは何故か前々日同様、大人達に睨まれる羽目になってしまったのだった……。
道中いろんな方向にクレアが転けたため、毎回のようにシエラも同じ方向に足を持っていかれて、二人とも身なりがそれは酷い有り様になってしまっていた。花畑の時と同様に着いてすぐさまシエラが座り込んでしまったのも、無理はない。
日も暮れかけている黄昏時。
普段なら、こんな時間に山や森に入ると危険だが、今はその心配もほとんどなく、もともと狼や蛇などの肉食動物があまり出没しない場所なだけあって、それらの遠吠えや足音も聞こえない。途中、足跡やフンを見たところからすると、少なからず住んでいるようではあるが。
シエラは大きくため息をついて、棒のようになってしまった足を伸ばした。しばらくそうしてくつろいでいたが、ふとクレアが横に突っ立ったまま動かないのに気づき、顔色を伺おうと少し動いた瞬間。

「うわぁ…!すごい……!!!」

と、大声でクレアは感嘆の息を漏らした。

「ねぇ見て!すごいよ!!あんなに大きな太陽、私見たことないわ!!!」

振り返ってシエラに主張したが、シエラは“う、ぅうん……”だか、“お、おぉうん……”だか何だか分からない返事をした。
その曖昧な反応に、クレアは頬を膨らませて抗議した。
さんざんクレアに文句を言われた後。
シエラが一息ついていると、いつの間にか横に座っていたクレアが話しかけてきた。いや、正確にはしゃべりかけようとした。

ガサガサッ

妙な物音がして、瞬時にシエラとクレアは音のした方を振り返った。
緊張の面持ちで音のした茂みをじっと睨み付けていると、その茂みから護衛の一人がひょっこりと顔を出した。

「すいません!」

慌てたようにこちらに謝って、そそくさと後方に下がっていった。
“なんだよ……紛らわしいな……”とシエラは心の中で悪態をつき、先ほど中断されてしまった話を聞こうと、クレアの方を向いた。
あの花畑に行って以来、クレアは何か既視感のようなものをシエラの話に感じ取ったのか、昨日から家族や王族のことなど、込み入った話をシエラに聞かせてくるようになった。シエラと同様に両親がもうこの世にいないこと。叔母ではあるけれど、血の繋がっていない義母に育てられていること。学校で他の子達にうまく馴染めないこと……など、そんな話を聞いていた。
今回もその話かな……と、クレアの次の言葉を待っていたが、クレアは先ほど護衛の人が出てきた茂みをじっと見つめたまま、こちらに向こうともしなかった。
シエラはその様子に不思議に思いながらも、クレアに話しかけようとすると、クレアは小さな声で恨めしそうに呟いた。

「もう、うんざり」

言うやいなや、クレアは急にこちらに振り向き、シエラの手を取ったかと思うと、立ち上がって走り出した。シエラは反動で転けそうになりながらも、何とか体勢を立て直して、クレアに手を引かれるまま走った。
何が何だかよく分からず、シエラが混乱している間にクレアは近くの森に入って、獣道を走り抜けた。先ほどまであれほど躓いていたのに、人の本気というのは本当に恐ろしい。クレアは凸凹な道をものともせずに、スルスルと先に進んで行く。むしろ、シエラの方が転びかけているほどだった。

「なっ……どこいくの!?」

我に帰ったシエラが大声でクレアに尋ねると、クレアはシエラに負けないほどの大きな声で言った。

「どこか……人のいない所!もう、うんざり!!どうしていつもいつも……!監視なんてされなくきゃ、いけないの!?」

今までに聞いたことがないほど切迫したクレアの声に怯んだ。が、シエラはそれとほぼ同時に、何かおかしな気配を感じて、立ち止まるというよりは引っ張るような形で、クレアの足を止めさせた。

「なに!?」

突然足を止めさせられたのと、自分の思い通りに事が運ばなかったことに腹をたてたクレアが、怒りに任せてシエラに金切り声を向けた。けれど、シエラはそんなことをまるで気に止めていないようで、“静かに”と小さな声で言った。
その態度に不服なクレアはさらに一言二言喚こうとしたが、シエラが無理やり口を塞いで、もごもごと唸っていた。

しんと静まり返った森の中。
さすがに音を出すことが憚られたのか、クレアもそれ以上は何も言わず、シエラが神経質そうに辺りの様子を伺っているのを、ただ眺めていた。
風が葉を揺らす音だけが嫌に響いて、先ほどまでの勢いはどこへいったのか、クレアは泣き出しそうだった。
無言に耐えられなくなり、クレアがシエラに声をかけようと口を開きかけたとき……奥の方の茂みがガサッと音を立てた。クレアは驚いて悲鳴を上げそうになったが、寸でのところでシエラに止められて、僅かな声が漏れた程度で済んだ。
だが、茂みがを揺らした目の前の相手は、どうやらこちらの存在に気づいているようで……ゆっくりと二人に近づいて来た。








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